小石川日乗Hatena版

おっさんがよしなしごとを書き散らします

映画『リチャードの秘密』──あるいは青春の殺人者について

 2015年度のアカデミー賞主要4部門にノミネートされ、結果的にはブリー・ラーソンに主演女優賞をもたらした映画『ルーム』。ラーソンの圧倒的な演技を引き出したのはむろん監督のレニー・エイブラハムソン(Lenny Abrahamson)の力でもあっただろう。

 『ルーム』よりも前、2012年にアイルランドで撮った作品が『リチャードの秘密』(原題:What Richard Did)。私としては2本目のエイブラハムソン作品だ。 www.imdb.com

 酒とタバコはやるが、けっして不良ではなく、ラグビー部所属で友人たちにも恵まれたリチャード。高校最後のパーティで、恋人ララの元彼・コナーとケンカになる。コナーはラグビー部のチームメイトでもあった。リチャードに加勢する者も現れ、コナーは倒れる。リチャードはコナーに蹴りを入れ、彼が地面にのたうつのを尻目に家に帰ってしまう。

 むろん殺意などなかった。最後の蹴りは、酔いの勢いと、別れた後もララの前に平然と現れ、親しく話をするコナーへの嫉妬からだ。しかし、コナーはおそらくその蹴りが致命傷で、翌朝遺体で発見される。警察は殺人事件として捜査に乗り出すが、犯人をなかなか絞れないでいる。

[以下は、ネタバレを含みます:Warning: contains spoilers!]

 もちろんコナーが死んだのは自分のせいだと自覚はしているが、リチャードは怖ろしくて自首できない。そればかりか、恋人やラグビー部の仲間らに口止めを依頼したりする。恵まれた家庭の一人息子、大学進学の夢もあった。事の顚末を告白された父親も、リチャードに自首を勧めず、ほとぼりが冷めるまでしばらく別荘に行っていろとまで言う。

 なんと薄情でジコチューな連中ではあるのだが、けっして根っからの悪人ではない。ささいなケンカがもたらした、未必の故意ともいえぬ、いわば偶然の結末に激しく動揺しているだけなのだ。

 リチャードはラグビー部の追悼式にも、そしてコナーの葬儀にも出席する。けっして平然ではいられないのだが、自分の罪を告白することはない。

 ただ、葬儀の席で「あんなに大勢の人がいたパーティなのに、ほとんど誰も情報を提供しようとしない。あなたたちの態度に遺族は二度打ちのめされている」と悲痛に叫ぶ、コナーの母の言葉を聞いて、自首する覚悟を決める。

 ここから先のラストの数分間については“ネタバレ”にもなるし、観る人によってさまざまな解釈が可能なので、あえて記さない。ただ、邦画タイトルがその意味を物語っているとだけ言っておこう。

 かつて、ウィリアム・ハートが主演した『The Accidental Tourist』(邦題『偶然の旅行者』)という映画があった。それを借りればアクシデンタルな18歳の殺人者。良心の呵責に苛まれながらも、それから逃げようともがく青年。監督はその心の揺れを丹念に描いてはいる。

 ただ、惜しむらくは日本の高校生と比べると、姿かっこうが向こうの高校生は大人びていること。それがいまひとつ主人公に感情移入できない理由だったかもしれない。これはこの映画に限らず、欧米の青春映画全般で感じることだが、ふつうの高校生も平気でクスリをやったり、セックスしたりするから、ちょっと基準が狂ってしまうのだ。もちろん、その姿形に相反して心のナイーブさや幼さは、日本の高校生とさして変わりはないのだと思うけれど……。

 かつての日本映画にも、神代辰巳の『青春の蹉跌』(石川達三原作:1974年)や長谷川和彦の『青春の殺人者』(中上健次原作:1976年)、ついでに挙げれば山根成之の『さらば夏の光よ』(遠藤周作原作:1976年)など、青年たちのアクシデンタルな犯罪とその後を陰影豊かに描く佳作があった。最近は漫画原作にずっぽり依存した、チャラい学園メロドラマばかりが多いけど……。

 映画の収穫は、恋人ララ役の Roisin Murphy

www.imdb.com

という女優を発見できたこと。これが典型的なアイリッシュ・ビューティか、とも思った。青春の殺人者には美しい恋人が欠かせないのは、万国共通かもしれない。

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