先にまとめておいた、WoWoW放映8月~9月の新作映画リスト。録画は順調に進んでいるが、もちろん全部観られるわけではない。「全部観ないのになぜ録画するのか」という当然の疑問に、私なりの回答は用意しているが、ここでは触れない。
それでも今月は実見しているほうかな。以下、簡単に感想をば。
★『ランダム 存在の確率』。彗星が接近したある街で時空になんらかの異変が起こり、無数のパラレルワールドが同時に存在するようになった。そのとき、人はどうなるかという古典的ともいえるSF問題。量子力学でいうところの「シュレディンガーの猫」問題はたしかに劇中にも登場するが、それをうまく説明しているとはいえない。最後はワケがわからなくなって、一方の並行世界の主人公が、他の世界の「自分」を殺してしまう。SFというよりは一種の妄想だね、これは。
ヒロインのエミリー・バルドーニは初見の女優だが、完璧に美しすぎて、あまり人気が出ないというタイプか。
★『リベリオン~ワルシャワ大攻防戦~』。1944年夏のワルシャワ蜂起を再現。アンジェイ・ワイダをはじめ戦後ポーランド映画が再三採り上げる記念碑的事件ではあるが、その「実相」を複数の若いカップルたちの運命と共に描く。「大攻防戦」という邦題にはちょっと無理がある。ソビエト赤軍が介入しなかったために、蜂起はナチスによってほぼ一方的に鎮圧されたわけだから。
廃墟と化したワルシャワに現在のワルシャワの街の様子がインポーズされるラストは、ポーランド国民に民族的記憶の共有を求めているようだ。そういう意味ではナショナリズムの映画とも言えなくもない。そうしたイデオロギーの範疇を超えて、人間の問題としてワルシャワ蜂起を描いたワイダの偉大さをあらためて感じる。
★『わたしは生きていける』。「NYから単身イギリスの田舎にやって来たところへ第3次世界大戦が勃発するという緊急事態に観舞われた少女の過酷な運命」──たしかにロンドンが「テロリストの核攻撃を受けて壊滅」となれば大変だ。だが、テロリストと呼ばれるのがどんな勢力なのか、最後までよくわからない。テロリストが水道水に混入させた毒物を、簡単に浄化できる薬剤というのも、すごすぎる。
しかしそんなシチュエーションはどうでもいいのだ。これはシアーシャ・ローナンという人気絶頂の美少女俳優(芝居もうまいよ)を無理やりフューチャーした青春ロードムービーなのだから。結論が見えすぎるので、最後は早送りしちゃったけど。
ローナンはやはり『つぐない』での演技が見事。『ラブリーボーン』や『グランド・ブダペスト・ホテル』も印象に残る。
以下は7月以前の録画を昨日観たものだが、
★『美しい絵の崩壊』は文字通り悲劇的なまでに美しい映画だ。原題は “Two Mothers" 。それぞれ一人息子の母になった幼なじみの女性たち。2つの家族は子どもたちが長じても仲が良く、サーフィンのできる美しい入江を見下ろす、別荘のようなところに暮らしている。夫が大学で演技を教えていたり、妻は画廊を経営していたり、生活の背景には十分な裕福さが窺える。
サーフィンに興じるハイティーンの子どもたちの肉体を眺めながら、「私たちが創造した美しい神々」と二人の母親たちはつぶやくのだが、それはその後の物語の波乱の予兆だ。昔から「第二の母」のように接してきた母の同年の友人を、その息子たちが交換するかのように愛してしまうという設定は、現実にはまずありえない。だが、ナオミ・ワッツとロビン・ライト(私はやっぱり『フォレスト・ガンプ』のジェニー役だな)なればこそ、映画的には成立する。
ひたひたと寄せてくる老いにおののき、若い恋人が自分から離れてしまうことを予感する、鏡の中のナオミ・ワッツは少し怖い。
★『パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間』もよかった。ケネディ暗殺直後のダラスの人々を群像劇として描く。瀕死のケネディが運び込まれたパークランド・メモリアル病院における蘇生シーン(結局、ムダだったが)が迫真をもって迫る。ジャクリーン夫人が、銃弾で破砕された夫の血まみれの頭蓋骨の一片を握りしめ、それを医師に手渡したという話は事実だ。
奇しくもこの病院には、ジャック・ルビーに撃たれたリー・ハーヴェイ・オズワルドも2日後に運び込まれることになる。オズワルドの兄や母がこのとき何を考え、何を語ったのかも、私はこの映画で初めて知ることができた。
キャストはいまのアメリカ映画を代表するとも言える重厚な布陣。なかでも、マーシャ・ゲイ・ハーデン/ビリー・ボブ・ソートン/ポール・ジアマッティ/ジェームズ・バッジ・デール/ザック・エロンらが印象に残った。それぞれの個性を瞬間的に引き立たせる演出の手堅さ。