小石川日乗Hatena版

おっさんがよしなしごとを書き散らします

横浜中華街・蘭州牛肉拉麺の鴨肉

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 横浜中華街。ちょっと路地を入ったところに、「蘭州牛肉拉麺」の看板。神保町に同じような看板を掲げる店があり、興味はあるのだが、いつもたいそうな行列で入ったことがない。横浜中華街にある店は神保町とは系列が異なるようだが、でも、そんなに古い店ではないと思う。ともあれ、蘭州ラーメンなるものが、どんなものかと思って入ってみた。

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 そもそも「蘭州」とはどこのことか。狭義には蘭州市のことで、中華人民共和国甘粛省の省都。上海から約1,000km、西安よりもさらに内陸に入った町だ。「漢族に次いで回族が多く、他にもドンシャン族、ユグル族、サラール族など白い帽子を被ったイスラム系住民が多い」(Wikipedia)。なにやら、シルクロード的文化混淆な匂いが漂ってくる。

 その蘭州ラーメンだが、基本的には「牛肉のスープに、手打ちで伸ばして茹でた麺を入れた料理」(Wikipedia)と定義される。香菜、ラー油なども要素の一つらしいが、この横浜の店では辛みづけはテーブルにある調味料を自分で調節して行うようで、出されたままのラーメンには辛みはほとんどなく、むしろ牛肉スープの甘い香りが特徴的だった。店の奥で調理人が麵を手で延ばしている。モチモチとした食感の美味しい麵である。

 上記Wikipediaの「蘭州拉麺」の項には「中国政府の一帯一路構想の後押しで積極的に海外にも輸出されている」という興味深い記述があった。どおりで最近、日本でも目立つのか。この小さな店も、最近テレビで紹介されたとかで、それなりに賑わっていた。日本人観光客もいるにはいたが、店の人と中国語で会話する馴染み風の一人客が、ささっとラーメンをすすって出て行くあたりに、地元感が漂う。中華街は路地裏にこそ、味わいがある。

 で、ラーメンの写真は一般的なので割愛。食べログhttps://tabelog.com/kanagawa/A1401/A140105/14069195/あたりにたくさん紹介されているし。

 同時に注文した「香港風鴨肉」というメニューがむしろそれ以上に美味しかった。蘭州なのに香港もあるのが、いかにも中華街ではある。「鴨」とはあるが、マガモかアイガモかはたまたアヒルかはわからない。しかし、骨付きの肉を表面を香ばしく焼き、ピーナッツ入りのスープで甘く、かつ歯ごたえを残したまま煮た(蒸した?)料理は絶品だった。

 

今日の朝ご飯

f:id:taa-chan:20181204193331j:plain れんこんと鶏肉の煮物/京都大原のしば漬け/レタスとトマトのヨーグルトサラダ/豆腐とワカメの味噌汁/京都丹波産の黒豆ご飯/煮卵/デザートに富有柿

 ちなみに、英辞郎で調べたら、「作り置き」は cook-ahead recipes と言うらしい。これに対して、作り置きではない料理を、made-to-order というとあるが、これはレストランやファストフード店の話だろう。きょうの朝ご飯は、サラダと味噌汁以外はほぼ、cook-ahead recipes といえる。

ほぼ完璧な朝ご飯

ほぼ8カ月ぶりぐらいに、ブログを更新。エディタの使い方をすっかり忘れている。 きょうはリハビリを兼ねて、食べ物ネタ。先週のいつだったけかな、朝ご飯のメニュー。

  • 海苔でまいた卵焼き
  • ひじきの煮物
  • ベーコンと蕪の葉の炒め物
  • ブロッコリー・トマトのツナサラダ
  • 鶏むね肉と蕪の揚げづけ
  • プレーンヨーグルト・オリーブ油かけ
  • ちくわと蕪の味噌汁
  • 白ご飯

作り置きが多いんだけれど。

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いろいろ作っちゃった

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海苔をまいた卵焼き

銃規制を求めるアメリカの高校生たち

 この2月、フロリダ州の高校で起きた銃乱射事件をきっかけに、全米の高校生たちが主体となった、銃規制強化を求める運動が広がりを見せている。

 3月24日に、ワシントンで開かれた「私たちの命のための行進」で演説に立った高校生、エマ・ゴンザレスの、4分半の沈黙を含む演説は世界中で大きな共感を呼んでいる。

youtu.be

 同じ集会でエマと同じ高校の、キャメロン・キャスキーはこう演説した。

「私たちに黙って座っていろ、自分の順番が来るまで待っていろと言った指導者の皆さん、私たちを疑いの目で見たり、どうせ何もできないと冷めた目で見たみなさん、革命にようこそ。国民の意見を代弁できないなら出て行ってください」

www.newsweekjapan.jp

 私も高校生のころ、このように、こんな言葉を使って、話していたかもしれない。今では記憶の森のどこか遠くのことだけれど。

 ちなみに、この高校の名は、1998年に亡くなったアメリカのジャーナリスト、フェミニスト、環境保護主義者であるマージョリー・ストーンマン・ダグラスにゆかりがあるのだという。彼女は南フロリダの自然の保存と修復のために闘う「絶え間ない報告者であり恐れを知らない活動家」だったといわれる(Wikipedia)。

   訴えるテーマこそ違え、2018年のキャメロン・キャスキーも、エマ・ゴンザレスも、マージョリーの名に恥じない勇敢な孫たちである。

 なかでも、バイセクシュアルという自らのセクシュアリティを背景に、颯爽としたスキンヘッドと毅然とした沈黙が、世界にどう伝わるかを彼女があらかじめ知っていたのだとすれば、よい意味でエマ・ゴンザレスは、2010年代のアメリカに出現した、最も優れたパフォーマーであり、アクティビティストだと言わなければならない。

「ヨーグルトは身体に良い」はウソかマコトか

diamond.jp  記事のなかで、東大病院の循環器専門医・稲島司氏はこう指摘する。

稲島 そもそもヨーグルトが効果的なら、ヨーグルトの売上が増えるとともにアレルギー疾患が減っていくはずじゃないですか?この2枚の表を見てください。実際には、ヨーグルトの販売数が増えても、疾患は減ってないし、むしろ一部は増えているんです。

 私はアレルギー体質ではないので、その観点からヨーグルトを摂取しているわけではないが、腸内環境うんたらというのは漠然と信じている。しかし、体にいいと言われる食品には、そのエビデンスを確認しようとすると、それがなかったり、いい加減だったりするものが少なくない。「摂取しても害ではないが、効果を示すエビデンスはない」というやつだ。

 この分だと、「ヨーグルトは肉を柔らかくする」というのもホントかなと疑わしくなる。ヨーグルトサラダチキンとか、よく作るんだけどね。

 稲島医師は、体に良いと思って食べていても、精製された糖分の摂りすぎになったら、逆効果だと指摘している。甘味料や香料無添加で、ちゃんと発酵臭がすることが肝心だ、と。

久しぶりのワタミ

 財務省、文科省、そしてワタミまで……暖かくなってきたんで、バカどもが涌いて出てくるな。政治ネタが尽きないやんけ。

実は、国会の議論を聞いておりますと、何か働くことが悪いことであるような、そんな議論に聞こえてきます。お話を聞いていますと、できれば週休7日が人間にとって幸せなのかと、そのように聞こえてきます。私はもちろん過労死は絶対にいけませんが、働くということは決して悪いことではなく、それぞれについて生きがいであり、自己実現であり、人は働くことでたくさんの『ありがとう』を集め、そして成長していく。そんな大事なものだと思っております。ましてや人しか資源のないこの国であります。それが国をあげて働くな、働くなということでは、これからますます増える高齢者の方々も守ることができないと、そのようにも感じております。公述人お二人の働くということについてのお考えをお聞かせ願いたいと思います

過労死遺族に暴言、謝罪…ブラック経営者・渡邉美樹を働き方改革公聴会の質問者にした自民党の異常|LITERA/リテラ http://lite-ra.com/2018/03/post-3878.html

 ワタミさんの議論を聞いておりますと、できれば週休ゼロ、24時間365日働くことが人間の幸せなのかと、そのように聞こえてきます。

茶番は今日まで

f:id:taa-chan:20180316122308j:plain(東京新聞 2018/03/16朝刊より)

 野党不在の国会審議、安倍マンセーの自民党議員や閣僚・官僚らが、全ての責任を佐川前国税長官に押しつけ、問題の矮小化を図ろうとしている。

 つい1カ月前まで、「国税局の審議官等々やって“極めて有能な役人” だったという意識は私にはあります。したがいまして、今、この佐川というのはこの問題に関して、いわゆる虚偽答弁をしたとかいうわけでもありませんし、私どもとしては“極めて適切な人材”だと思っております」と擁護していた麻生財務大臣は一転して、「佐川の、主として佐川ですけど、佐川の答弁が誤解を受けないようにするため」と三度も呼び捨てを連呼して、佐川氏をばっさりと切り捨てた。

 まだ国税長官に在任中であれば、財務省の役人ということで呼び捨てもありだとは思うが、今は辞任して民間の人。それを呼び捨てにするのはいかがなものか。麻生という男はいつも言葉の端々に配慮のなさ、傲慢さ、人品の怪しさがにじみ出る。こういう性格は、おそらく彼の育ちから来るもの。もはや治癒不可能だろう。

 とはいうものの、こういう馬鹿馬鹿しいシーンを私たちはもう何度も、何年も見てきた。そろそろ終わりにしたいものだ。

 国会の茶番劇も今日までにしなくてはいけない。来週、野党が審議に復帰した後、佐川氏のさらに上の責任をどこまで追及できるかを、私は注目したい。

 「モリカケ問題などたいした問題ではない。もう終わったこと。国会ではもっと議論すべき大切な問題が他にある」などと、昨年段階でほざいていた識者らは、今頃何を考えているのだろうか。仄聞するに、いまなお反省もなく、ひたすら問題の矮小化や火消しに奔走している人もいるようだが、哀れなことではある。

 ちなみに同日付の東京新聞朝刊の「本音のコラム」では、元外務省主席分析官の佐藤優氏が、現在公開されている文書のなかで、誰が作成し誰に配布したかを記載する「決済用紙」が含まれていないことに疑義を呈している。

「今回、財務省が書き換えを認めた文書は、財務本省の相当高いレベルまで配布されていたはずだ。財務省が本当に隠したいのはこの事実ではないかと筆者は見ている」と。

「首相や麻生氏が知らないうちに、官僚が改ざんした」? そんなわけないやろ。

 野党5党が欠席した14日の参院予算委員会で、自民党の西田昌司氏は財務省を手厳しく批判した。西田氏は首相と親しいことで知られる。この日の自民、公明両党は追及の姿勢を演出する一方で、「首相や麻生氏が知らないうちに、官僚が改ざんした」という政府側のストーリーを後押しする姿勢に終始した。

 麻生氏は改ざんについて「(財務省の)そんたくではない」と重ねて否定。西田氏は「念のため聞くが、書き換えを指示したことはもちろんないでしょうね」と念押ししてみせ、「むちゃくちゃになった官僚システムを立て直すのが、安倍内閣の仕事だ」と逆に首相らを持ち上げた。

背信・森友文書:来週にも証人喚問 やむなく「佐川カード」 政府「官僚の責任」強調 毎日新聞2018年3月15日 東京朝刊

 こういうのを典型的な茶番というんやろね。西田議員は国会でいつもこんな茶坊主のようなことしかできない。

 ネット上の自称保守主義者らも、おおかたこのすり替えの論理で難局を乗り切ろうとしている。なかには苦し紛れに「財務省解体!」なる珍妙なスローガンをアジる輩も出てきた。財務省解体って、そのトップにいる麻生の首をまずはハネるってことじゃないのか。

「首相や麻生氏が知らないうちに、官僚が改ざんした」というストーリーは、今後、産経や読売あるいはテレビのワイドショーなどでも繰り返し強調されることになるだろう。しかし、それが声高に叫ばれればされるほど、人々の疑念は増大していく。

 そもそも、国有地売却の取引は「正常だった」と佐川は国会で証言し、それを安倍や麻生は諒としたのではないか。ところが実際は、背景に「特例的な」事情があった。その経緯を示す文書は「廃棄された」はずなのに、後から後から発掘されてくる。

 土地取引自体が異常だった。その異常性を隠し続ける必要があって、決裁文書は改竄された。だからこそ、なぜこんな特殊な経緯で国有地は売却されなければならなかったのかが、あらためて問われているのだ。

 たしかに近畿財務局の職員は、籠池らの脅しに近い交渉に屈したのかもしれない。しかし、それは籠池が怖かったからではなく、背景に鵺のように鎮座する安倍と昭恵の存在が怖かったからである。そもそも、交渉が終盤を迎えていた2016年3月時点で、昭恵は小学校の名誉校長だったのだから、それも当然である。

 麻生がいうように忖度などという生やさしいものではない。昭恵とその夫・晋三の存在は明らかに財務局にとってプレッシャーであり、それは本省にも及んでいたのだ。

 それでも、近畿財務局の担当者は必死でこの取引の経緯を詳細に書き残した。しかしそれから1年以上も経って、おそらく目を真っ赤に泣き腫らしながら、自らその経緯を削除せざるをえなかった。心ある公務員であればあるほど、そんなプライドをずたずたにされるような苦行、まさに「常識が壊される」事態に耐えられるはずもない。

 日本の官僚システムを「むちゃくちゃに」したのは、一体誰なのか。答えはすでに明らかである。

 *参考になる記事

www.mag2.com

北九州酔っ払い紀行(2)

 昨年の7月、出張ついでに北九州をちょい旅してきた話。7カ月以上も前のことなんだけれど、ちょっと記録に遺しておきたくなって、書きおく。この頃送ったNさんへのメールを一部修整して。


 熊本・博多出張の帰りに、北九州市に1泊して酷暑の九州旅を堪能してきました。

 7月20日は熊本入り、観光列車で三角まで行き、そこから在来線と新幹線で博多入り。ホテルは天神地区にあったので、夜は「大名」という街区の居酒屋とバーをはしごして、気力充実。翌日の仕事に臨みました。

 午後3時ごろ仕事が終わったので、その足で小倉へ。博多〜小倉間は鹿児島本線の「特急ソニック」でしたが、新幹線のほうが、料金はほぼ変わらず、しかも圧倒的に速いことに後から気づきました。小倉は仕事で4〜5回は来ているんですが、いつも日帰り。たぶん初めての小倉泊です。

 Nさん同窓生のお薦め、鍛冶町の「味処板くら」に行ってきましたよ。鍛冶町は居酒屋やクラブが蝟集する典型的な歓楽街。「板くら」はその街区のど真ん中、雑居ビルの二階にありました。

 酒の種類は豊富ですが、意外と地元のものが少ない。それでも、福岡の利き酒セットみたいなのがあったので、それを頼みました。

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 久留米がよい酒どころであることを実感。「庭の鶯」は前夜の博多でも飲んだのだけれど、ここでは「独楽蔵(こまぐら)」という純米酒に出会いました。それらを、「関門タコの竜田揚げ」をつまみに。関門の蛸は歯ごたえがあって実に美味いですねえ。ただ、たまたまその日がそうだっただけかもしれないけれど、刺身は味がボケた感じがしてちょっと残念。

 〆にはオヤジさんが打った出雲蕎麦を堪能。小倉でなんで出雲蕎麦と思ったけど、オヤジさんが出雲出身なんだって。蕎麦打ちのコーナーとカウンターが分かれていて、カウンターは息子が仕切っているみたい。ただ、シャイなのかなんなのか、私にちっとも声をかけてくれなかったな。

 クーラーのダクトが壊れていて、したしたと水が漏れ、それを店の女の子たちが一生懸命バケツで受けているという“陋巷な”感じの雰囲気もまたよし、でした。

 小倉北区の二軒目は、京町の「かばや」。 木戸がぴしゃっと閉まっていて中が覗けないので、一瞬、入るのに勇気が要りましたが、コの字のカウンターがある和モダンな居酒屋でした。ここでは、「ごまさば」を八女の「繁桝」という銘柄の純米で。けっこう酔いました。

 翌22日は、朝から小倉城周辺を観光。「松本清張記念館」は良かったですね。Nさん、行ったことある?

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 高井戸の松本清張邸の一部を忠実に再現。先ほどまで清張が資料の山に囲まれて執筆していたふうの書斎や、編集者をそこで迎えたであろう応接室などを、外から眺めることができます。なかでも書庫が圧巻。テレビでみたことのある立花隆の書庫もすごいけど、清張のそれはきっとそれを上回る。

 古代の銅鐸なんか、レプリカじゃなくて、ホンモノを購入して、それを愛でながら古代史ロマンを構想していたらしいしね。

 それにしても最高気温35℃前後の暑い一日でした。それにめげず、清張記念館の後は思い切って門司港まで足を延ばしました。

 門司までは行ったことがあるんだけれど、門司港は初めてかも。門司港レトロって、いつから整備されたんでしたっけ。たしかに歴史遺産としては面白いんだけれど、ハウステンボス的なハリボテ感はぬぐえず。実際はリノベーションで、けっしてハリボテじゃないんだけれど、いかにも「観光饅頭ありますよ」てな周囲の感じがねえ。

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 黒川紀章が設計したタワーマンションの31階にある展望室に上り、「門司港地ビール」片手に関門海峡を見下ろすと、その狭さを実感できました。門司と下関って、もう生活圏一緒じゃんみたいな。それと、お恥ずかしい話、巌流島がこのあたりにあることを初めて知りました。これまでずっと瀬戸内海の小島だと思い込んでた(笑)。

 熊本の観光列車でも博多の街でも実感したんだけれど、圧倒的にアジア系観光客が多かったですね。インバウンドの威力恐るべしです。

 門司港でよかったのは、門司港レトロの建物群よりも、むしろ港町の坂の途中にある「三宜楼」 とその周辺の街並みでした。

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 三宜楼は門司港が栄えた時代を偲ばせる昭和初期の料亭。今でも下関の「春帆楼」が支店を出し、宴会料理を供しているようですが、建物自体の見学だけでも可というのでお邪魔しました。玄関で、思わず息を止めるほどの着物姿の若い美女に出くわし、「見学ですか。どうぞお上がりください」と心地よく誘われる。

 春帆楼支店の若女将かな。でも、すぐに彼女はいなくなり、建物を案内してくれたのは、別の中年の女性でした。また、ここでも狸に化かされるのか(笑)。結局、その仲居さんみたいな人に、建物の二階、三階をくまなく案内してもらえました。耐震補強や修繕はしているものの、骨格は昭和初期のもの。これだけの木造建築は、国内でも残り少ないんじゃないかな。建築史的にも貴重です。

 で、その案内人最後に曰く、「坂を降りたところに角打ち屋さんが一つありますよ」。こちらを、昼過ぎからも酒を飲む相当な飲み助と見抜いたか。それが、「魚住酒店」 でした。

 ここの70歳すぎぐらいのおかあさんが、気っ風のいい面白い人で、門司港の歴史をいろいろ語ってくれました。言葉に九州なまりは感じられなかったから、よその地域からお嫁に来た人かもしれない。

 なんでも、戦中の魚住酒店はもっと港に近いところにあり、その隣の旅館が、写真家・藤原新也の実家。「私は知らないけれど、亡くなったうちの主人とは幼友達だったみたい」とおかあさん。そういえば藤原新也には門司港を撮った『少年の港』という写真集がありますね。

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 魚住酒店は細い坂が入り組んだ路地の途中にあります。山地が急に海に落ち込んでできた港には、必ず背後に坂があるもの。伊豆半島にも多いですね、こういう地形。坂のある港町の風情は、叙情の宝庫でもあります。

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 しかし、三宜楼の人に言われなければ、この路地にも彷徨い込まなかったかもしれないし、昼から角打ちという発想もなかったかもしれない。「私がお嫁に来たころは、まだこのあたりに芸者さんがいっぱい住んでいた」など、しばしおかあさんの昔話をつまみに飲んでいると、30代半ば風情の観光女子が一人でふらりと入ってきた。

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 前の職場は岩手の釜石。震災後しばらくして、九州に移り住み、いまは小倉。北九州をよく知らないので休みのたびに街歩きをしている。今日も夜は戸畑の祇園祭を見に行く予定……などと、尋ねもしないのに来歴を語る。

 こういうのあるんですよ。ひとり女子の酒飲み話。前々日の博多・天神のバーでも、山梨出身、水晶彫刻の伝統工芸士の娘で、芸大を出て、いまは博多でIT企業のマネジャーをやっているとかいう、メガネ美女としばし話し込んだ。

 名前も告げず、こちらからも聞かず。もちろん名刺なんぞ絶対渡さず。それでも、というか、だからこそ、人生の来し方行く末を、一夜の酒にまぎらして初めての客にも喋ってしまいたくなるものなんですね。

 それはともあれ、魚住酒店は日本酒二つと枝豆、イカの塩辛だけでお開きして、門司港駅まで戻り、小倉駅でコインロッカーに入れた旅行鞄をピックアップ、博多のエキナカ鮨屋でちょっと引っかけて、それから福岡空港。夜8時の便で帰って来ました。夏の昼酒はすぐに酔う。シートベルトをつけた瞬間に寝落ちし、目覚めたときは飛行機はもう羽田に着陸寸前でした。

 というわけで、長々となりましたが、週末の北九州酔っ払い旅のご報告まで。小倉の店をご紹介いただきあらためて感謝申し上げます。

インフルエンサー様

f:id:taa-chan:20180214104852j:plain  昨日、ゆりかもめの「市場前駅」というのに初めて降りた。豊洲市場の駅。産業廃棄物の上を均して、生まれ変わろうとする市場の構造物。他にはいくつかのイベントスペースのようなものがあるだけで、市場がオープンする前の今は、人通りも少なく無機質な印象である。

 駅前のビルで何かのイベントをやっているらしい。その受付が改札を出たところにあって、「報道関係」「●●関係」……などとあるなかで、「インフルエンサー様」と貼り紙がされているのをみて驚いた。「乃木坂46」の曲名や政府関係の文書にも使われる、ここ数年のマーケティング用語(ちょっと前は「アルファブロガー」とか「カリスマブロガー」とか言った。関連用語に「ステマ」がある)。  もちろん、決してインフルエンザの可能性があってマスクをしている人、という意味ではない。

 しかし、こういうこなれない横文字が眼前に飛び出すと、背筋がざわざわ言うのは俺だけか。「俺、ちょっと世間に影響があるらしいんだよね」などと、喜々として「インフルエンサー様」の列に並ぶ人々の顔を見たいとは思ったけど……。

映画『否定と肯定』

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 新年最初の映画劇場鑑賞。日本にもウジャウジャ出現している、歴史修正主義の不誠実なデマゴーグたち(例えば百田尚樹など)に見せつけてやりたい秀作。

 アウシュビッツ否定論は、欧米だけの話ではなく、実は日本でもかつて華々しく登場したことを忘れるわけにはいかない。若い人は知らないかもしれないが、90年代半ばのいわゆる「マルコポーロ事件」の火付け役になった西岡昌紀氏がその典型だ。

 西岡氏はもともとは医学者だが、おそらく欧米の歴史修正主義に感化されたのだろう。アウシュヴィッツを“取材”し、「アウシュヴィッツにガス室はなかった」「ユダヤ人絶滅計画はなかった」などと、映画のデビッド・アービングと同様な主張を展開し、論文を文藝春秋の雑誌「マルコポーロ」に掲載した。

 しかし、これはサイモン・ウィーゼンタール・センターなどから激しい抗議を受け、雑誌は自主廃刊となり、その編集長である花田紀凱氏は実質的に社を追われた。(Wikipedia 「マルコポーロ事件」

 当時の日本でも、あまりにも唐突な感のある西岡氏の主張が広く受けいれられることはなかった。しかし、その論文を堂々と掲載した背景には、この雑誌の編集者になんらかの政治的な意図があったことはたしかだ。それは、その後の花田紀凱氏が編集する雑誌の性格をみればよくわかる。

 もちろん当時も、ユダヤ人団体からの抗議で雑誌が廃刊に追い込まれたことに、言論の自由という観点から疑義をはさむ声もあったことは事実だ。しかし、歴史の検証にさらされないまま横行する「言論の自由」が、いかに陳腐で、時として一方的なヘイトスピーチにつながるものであるかは、今となってみれば明らかだろう。映画はそのことをしっかりと示している。

*2018/01/06 日比谷TOHOシネマズ シャンテにて観賞

●参考サイト: デボラ・リップシュタット本人のTEDにおけるスピーチ「ホロコースト否定説の噓に潜むもくろみ」

●参考記事: (私の視点)修正主義の危険性 歴史教育で「悪意」封じよ 武井彩佳

Sam Shepard

 アメリカの劇作家・俳優、サム・シェパード。今年の7月に亡くなっていたんだ。シブサではハリウッド一といっていいイイ男。彼が脚本を書いた『パリ、テキサス』は大好きな映画。俳優として初めて認識したのは『ライトスタッフ』。アメリカの宇宙開発草創期の話だが、シェパードは人類で初めて音速を超えたパイロット、チャック・イェーガーを演じた。『ペリカン文書』の大学教授役も印象に残る。この前、WoWoWで観た『ミッドナイト・スペシャル』という映画ではオカルト教団の教祖役だったが、映画自体、筋のつかめない前半に辟易して途中で消してしまった。

 下記の記事が、シェパードの語録を残している。

 続いて彼は、愛国者、愛国心というものも誤解されていると指摘した。「本来、愛国心というのは、政府でなく、国に対する思いのことなんだ。そこがごっちゃにされている。愛国者というと、右翼かと思われる 。僕は、アメリカという国に忠誠心を持っている。僕の祖先が作ったんだよ。パイオニアたちがね。ジョージ・ブッシュよりずっとずっと前に。はるか昔、マーク・トウェインは、『政府を支持しなさい。もし、その政府にその価値があるのならば』と言った。今の政府にその価値はない。今は、政府を恥じるべき時だ」。 news.yahoo.co.jp

The Guardian

 先日の「FOOT!」でベン・メイブリーが母校のオクスフォード大学を訪れる様子が放映されていた。サッカー・ジャーナリズム取材ということで、The Guardianの編集者にもインタビュー。

f:id:taa-chan:20171227200126j:plain  そこで知ったのだが、Guardian のWebメディアはほとんど広告に頼らず、もっぱら読者からの寄付で運営されているという。 もともとインテリ向けの左派リベラル紙として知られてはいた。おそらく、メイブリー自身が好きな新聞なのだろう。Brexitなど欧米の保守化の流れのなかで、それをよしとしない読者とその寄付を、むしろ新たに獲得していると、編集者は語っていた。

 最近のWebメディアで流行りともいえる、タイトルだけキャッチーで中身はクソみたいな記事、要はクリックだとか、検索流入だとか、金儲けの数字だけを狙ったあざとい記事の横行についても、編集者は批判的。むしろスマホ閲覧を考えて、記事のタイトルは端的で短いものを志向しているという。

 WikipediaでThe Guardianを引くと、日本での提携紙が読売新聞というけれど、これはきっと何かの間違いに違いない(笑)。

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