小石川日乗Hatena版

おっさんがよしなしごとを書き散らします

映画『1001グラム ハカリしれない愛のこと』

http://www.asahi.com/shimbun/nie/kiji/kiji/images/20111028a.jpg

 メートル原器やキログラム原器というものがあることは知っている。長年、度量衡の科学的な意味での基準になっていた。キログラム原器の実体はプラチナ・イリジウム合金の分銅。表面吸着などの影響で質量が増加したり、洗浄するとまた微妙に質量が変化したりするらしい。変化といっても、µg(マイクログラム:1マイクログラムは100万分の1グラム)単位の微小なものだが、日常生活はともかく、サイエンスの世界では重要な変化ではある。

 そこで近年、人工物に頼るのではない、より正確で安定的な定義が求められていた。

2011年10月21日に国際度量衡総会(CGPM)において、キログラム原器による基準を廃止し、新しい定義を設けることが決議された。 この決議を実現するために、キログラムをプランク定数 h によって定義することが2013年12月に提案された。……しかし、2014年11月18 - 20日に開催されたCGPMでは、プランク定数の精度が十分でないことなどにより上記の定義への変更はなされず、次の2018年開催予定の第26回CGPMに向けて定義変更のための諸課題を解決すべし、との決議が採択された。

キログラム - Wikipedia

 前置きが長くなったが、映画『1001グラム ハカリしれない愛のこと』はこの「国際キログラム原器」が舞台の重要なアイテムになっている。

 主人公のマリエはノルウェーの国立計量研究所に勤務する研究者という設定。各国に配布された原器の、ノルウェー版複製を保管する組織だ。この複製原器は約40年ごとに特殊な天秤を用いて国際キログラム原器と比較されることになっている。マリエは病に倒れた父(も同研究所の研究者)の代理で、その定期較正のためにパリを訪れる。

 あらすじは、下記のトレーラーを参照してもらうとして……  www.youtube.com   劇中では、新しいキログラム定義を巡って交わされる論争もさらっと紹介される。「あなたは、洗浄派?」という、事情を知らない者にとっては謎の問いかけや、「アボガドロ定数」とかいう専門用語も頻繁に飛び交うが、まあ、話のツマミだと思えばよい。

 物語は、日々計量の仕事に携わるゆえか、あるいは生来の性格ゆえか、何事も几帳面な女性研究者が、まさに原器のように慕っていた父の喪失を乗り越え、パリで新しい恋に落ちるという話。映画の前半ではほとんど笑わない主人公が、パリの夜、恋人の胸に抱かれながら、蕩けるような優しい微笑みを浮かべるところがいい。ただ、最初のセックスの際に、つい恋人のアレの長さを頭の中で「計測」し、呟いてしまったりするシーンは笑える。

 マリエ役はノルウェーの有名女優・アーネ・ダール・トルプ。先月、WoWoWで観た『THE WAVE ザ・ウェイブ』では、主人公の妻を演じていた。

 ベント・ハーメル監督の演出はそこはかとないユーモアと人生に対する慈愛に満ちている。キログラム原器という意外なアイテムを舞台回しに使って、心の襞を描写する語り口はじつにうまい。北欧デザインの機能美あふれる建物やインテリアを背景にしたスタイリッシュな映像は、主人公の知性や心象をよく伝えている。

 何事も計量せずには済まないマリエは、父の死後、その遺灰までも計量する。一度は「1022g」と表示された目盛は、また自然に動き出し「1001g」で止まる。その差は「21g」。20世紀初頭にダンカン・マクドゥーガル博士によって「証明された」という魂の重さ。映画『21グラム』のモチーフにもなっているものだが、遺灰から魂がふっと抜け出るような幻想的なシーンは、主人公の心持ちの転回点でもある。

 先日、www.tacraman.comで「ノルウェー映画って意外に面白い。『孤島の王』とか『コン・ティキ』とか。『孤島の王』は秀逸」と書いたが、もう一つ、この作品が加わった。音楽はノルウェーの作曲家John Erik Kaadaによる。小気味のよいテンポで物語の進行を支えている。

//トップに戻るボタンの設定
//トップに戻るレンジの設定