「五輪エンブレム中止問題」で「保守速報」などのネトウヨメディアが過剰に反応し、デザイナーの佐野研二郎氏タタキに必死なんで、なんでかと思ったら、要は「日本は他国の真似なんかしない。このままでは中国・韓国と同じになる」という危機感があるかららしい。
バカ言うなよ。最近でこそ和食など日本文化のオリジナリティが持ち上げられているが、工業製品やそのデザインについてはつい数十年前までは、日本は世界に冠たるコピー大国として有名だったのを忘れたのか。
20年ほど前にスウェーデンを旅行したとき、同国の小学校の教科書には「日本という国はかつてわが国スウェーデンのマッチ製造技術を模倣し、それをあたかも自分の国の技術のように世界に広めた。我々は日本人に気をつけねばならない」という記述があることを教えてもらった。今ネトウヨが盛んに批判する中韓と、明治の日本は同じ状態だったのだ。
そもそも、人類世界のあらゆる創造物で、たった一人で考え、たった一人で創ったという意味での独創性など、古今東西あるはずもない。模倣と改良を繰り返し、それが地理的距離を超えて伝播することで、文化は豊穣になる。独創性の神話に惑わされてはいけない。ましてや独創性を何か特定の国の固有の所産であるなどと妄想するのは、文化というものについての根本的な誤解にすぎない。
それはともあれ、エンブレム問題については、昨晩、飲み屋で某スポーツ・ジャーナリストとこんな話をした。
佐野氏が「取り下げ」を自ら表明せざるをえなくなったのは、エンブレムそのものの「盗用」を認めたからではない。エンブレムの「展開例」のパネルに他人のブログの画像を無断で流用したことが発覚したからだ。この「展開例」については、
⇒ 佐野氏、展開例画像流用認める「了解を取ることを怠った。不注意でした」 :
武藤氏の説明によると、佐野氏は展開例画像の流用を認め「もともと応募の際の内部資料のために使った。クローズド(公開されない)な部分で使うのはデザイナーとしてはよくある話。ただ、一般に公表する時に権利者の了解を取ることを怠った。既に原作者にアプローチはしていたが、不注意でした」と話したという。
という報道がある。
もともと一般公開を前提としていない内部資料という説明はよくわかる。広告業界でいうカンプの一種だからだ。デザイン検討の段階では適当に素材を当て込んで、イメージを喚起する。ただし、本番の作業ではオリジナルの写真に差し換えたり、権利者に使用許諾をとるのは当たり前だ。
「展開例」は実は7月のエンブレム決定時の記者発表でも提示されているが、そこでは流用の問題は指摘されなかった。そして、組織委員会は8月28日の選考過程の説明会で再び「展開例」を持ち出した。それが火消しどころか、かえってヤブヘビになった。
武藤事務総長は佐野氏に「一般に公表する時に権利者の了解を取ることを怠った」と自己批判させているが、許諾を得る責任をひとえに佐野氏に負わせるのはいがかなものだろうか。
「展開例を記者発表するけど、あそこで使った写真、大丈夫なの?」とまずは佐野氏に確認し、許諾関係をすっきりさせておくのが手順というものではなかろうか。組織委と佐野氏の間で「展開例」をめぐる確認作業がどれだけ行われたか、現時点では疑問の残るところである。
で、昨晩の飲み屋での会話では、この問題はこういう筋読みでほぼ合意した。
つまり、組織委は「展開例」の写真がどこからかの「流用」であることはとうに知っていた。そして、佐野氏が権利者からの了解を取る作業を待たず、先走って公開した。それは佐野氏の再度のミスをあえて天下にさらけ出し、外堀を埋め、彼に「取り下げ」を強制するためだ。
組織委はどこかの時点で、佐野氏を防衛する方針を変更し、放逐に矛先を変えた。翻意を促したのは、公式スポンサーからの何らかの圧力なのかもしれない。政府筋からの指図があったのかもしれない。いずれにしてもこれは組織委のオウンゴールというより、周到に意図された追放劇なのではないか。
暗いところで蠢く力で、著名なデザイナーが二人葬られた。むろん最初はザハ・ハディド、二番目が佐野研二郞だ。何か呪いでもかかっているのか。佐野氏については「佐野厄除け大師」をもじって「佐野厄寄せ大師」という異名も生まれているそうだが、ほんとうに災厄を呼び寄せているのは、実はあの政界のドン、サメほどの知能しかもたないといわれる元首相経験者ではないか、という説も、深夜の飲み屋ではまことしやかに語られたのだった。