外交・安全保障政策の将来像をどう考えるべきか。国際政治の専門家へのインタビューシリーズ。要点をメモ。
⇒ (聞く 安全保障法制:上)中国の戦略的意図、見極めよ 天児慧・早大現代中国研究所長::
集団的自衛権の行使は可能性にとどめ、外交上の「カード」として将来に残しておいた方がいい。なぜなら、米国の軍事力はなお中国を大きく上回っており、中国内には根強い「日米同盟脅威論」があるからだ。日本は日米同盟の強化をうたうだけで十分な抑止力を得られるはずだ。日本が同盟強化にとどまらず、米国と組んで集団的自衛権を使う=攻撃する可能性を示せば、中国は必死に軍事力を強化するだろう。それでは、軍拡が軍拡を招く安全保障のジレンマに陥ってしまう。日本は中国の脅威をこれ以上強調すべきではない。
大切なのは、まず東アジア全体で安全保障の枠組みをつくることだ。日米中の専門家や当局者らが話し合う「安保フォーラム」をつくり、定例化できないか。同時に、軍事力だけに頼らない安全保障政策も重要になる。日中は「戦略的政経分離」をめざすべきだ。貿易や人的交流で太いパイプをつくり、政治の緊張が両国関係の不安定化に直結しないようにする考え方だ。他の国も同じ対中戦略をとればいい。
⇒ (聞く 安全保障法制:中)「国際紛争と距離」日本の道 美根慶樹・平和外交研究所代表::
PKOへの参加は日本の国際貢献にとって大きなステップとなったが、半面で、今の法律では隊員や近くにいる人を守るためにしか武器を使えないなど制約もある。今回の法改正で、住民の安全を守る任務遂行や駆けつけ警護、邦人救出などを新たにメニューに加え、武器の使用基準も変える点は評価したい。
中国はいま、アフリカやアジアへのPKOに積極的に参加している。2001年の要員派遣数は年間100人程度だったが、11年は20倍に増えた。派遣先の国との政治・経済関係も強めている。日本も紛争や内戦が起きやすい途上国にエネルギーや食料の多くを依存しており、紛争の再発防止は重要な課題だ。日本の国連での評価を上げ、発言権を確保するためにも積極的な関与を考えるべきだ。
とりわけ今後、自衛隊の活動を広げられる可能性があるのは人道問題への対処ではないか。紛争後のインフラ整備や難民対策、地雷除去のほか、紛争中に人道的観点から住民の捜索や救助を自衛隊が担うことも考えられる。
ただ、今回の法案には問題点も多い。日米両国は97年、防衛協力のための指針(ガイドライン)を見直して日本周辺の有事での米軍支援に対応した。朝鮮半島での有事(戦争)などを意識し、憲法が認める範囲で「自衛の風船」を膨らませてきたとも言えるが、今回の法案はそれをさらに膨らませるものだ。
まして集団的自衛権による武力の行使や、紛争で戦う他国軍の後方支援は認めるべきではない。武力行使を認める国連決議がないまま、米英が攻撃を開始したイラク戦争のような場合にも自衛隊を送り出すのか。政府は後方支援活動を「現に戦闘が行われていない現場」で行うと説明するが、それは机上の空論だ。他国軍への弾薬提供や輸送は兵站(へいたん)そのもので、国際社会は日本が戦闘に加担したとみなすだろう。
米国との関係は大切だが、世界中に自衛隊を出す必要はない。国際紛争に関わることを禁じた憲法とともに歩んできた道が日本の「生き様」だ。国民も国際社会もそう評価してきた。今回の安保法制でその生き様を変えるべきではない。
⇒ (聞く 安全保障法制:下)善悪二元論でない議論を 篠田英朗・東京外国語大教授::
今回の法案をめぐっては、国連の集団安全保障への協力は認めるが、米国への集団的自衛権の行使は認められないとか、軍事支援を否定するが非軍事支援は認める、といった議論も目立つ。しかし、対テロ戦争では、集団安全保障と集団的自衛権が連動して発動されたり、開発・人道援助もセットで行われたりするようになってきている。軍事・非軍事で、どちらが正しいかを区別するような考え方は現実的でない。
その視点に立つと、「戦争法案か平和法案か」といったスローガンが飛び交う状況を心配している。法案の成立がすぐに戦争に結びついたり、逆に戦争を避けることにつながったりするわけではないからだ。こうした善悪二元論は排し、法案の論点を考えたい。
まず日米同盟に関しては、日本を防衛する米軍を支援すべきだという議論は常識的なものだ。これを全否定すれば、65年続いた日米安保体制を揺るがしかねない。他方で、安倍政権が集団的自衛権の行使例として示したホルムズ海峡の機雷除去の例も含め、国際法からみて自衛権を使う必要性があるか、武力の行使としてバランス(均衡性)を欠いていないか、といった議論は深まっていない。
問題は法案の書きぶりがあいまいなことだ。私は集団的自衛権の行使がすべて違憲ではないと考えるが、武力行使に対する歯止めを明確にし、日本が国際的に実現したい目標がはっきりわかるようにする必要がある。その点で法案の内容や政府の解釈に加え、国会の質疑も緻密(ちみつ)とは言えない。
今回の法案も含め、日本の外交政策の構造的な弱さは、日米同盟と国連の二つの枠組みしか存在していないことだ。米国の要請に応えるだけでは、理念なき「従属」に陥る。国連の活動にも限界がある。