小石川日乗Hatena版

おっさんがよしなしごとを書き散らします

ハノイ紀行13 5つ星ホテル

「アジア各地には、ヨーロッパ列強の残した西洋建築があり、それぞれ今に至るまで都市施設として使用され、また長い年月を経て歴史的建造物として市民に親しまれる存在となっている。その中でも、ハノイは、アジア最大のフランス建築の宝庫だ」

 と書いているのは、『建築のハノイ──ベトナムに誕生したパリ』(白揚社)の大田省一氏(京都工芸繊維大学准教授)だ。この本はハノイから帰国後に手にしたのだが、事前に読んでいたらもう少しハノイの街歩きは面白くなっただろう。植民者たちにとって南方の色の象徴である、イエローに彩色された威厳のある建物はハノイ市内にいくつも存在したが、一見するとなにか「派手な西洋建築」ぐらいにしか見えず、そこに近づこうとする意欲を削いだ。ただ、本書を読むと、西洋建築をそのまま移入しただけではなく、西洋と東洋の合体をめざした「建築学的工夫」が随所に凝らされているというのだ。


 誰かが言った「植民地主義の美しき爪痕」。そのつぶさな観賞の機会はあらためてのハノイ訪問の折にとっておくとして、今回紹介するのは、1901年のハノイオペラ座(現市民劇場)と同時期に建設された、ハノイの最高級ホテル「ソフィテル レジェンド メトロポール ハノイ」の写真である。

 一泊3~4万円もする高級ホテルだからして、当然のことながら宿泊したわけではない。館内を少しぶらつき、滞在した各国のセレブの写真を眺め、通りに面したカフェでビールを飲んだだけだ。1990年代にフランス資本によって改装されたが、往時の面影は残り、建物観賞に値する偉容をいまなお誇っている。

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ファサード。竣工の「1901年」を記念するレリーフ

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▲窓の格子のデザイン

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▲ブランドショップが並ぶ内観

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▲ここも結婚記念写真の借景としてよく使われる

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▲かつて要人らを迎えた、古いロールスロイスが展示されていた

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