小石川日乗Hatena版

おっさんがよしなしごとを書き散らします

男と女のいる舗道

 本日のタイトルは、むろんジャン=リュック・ゴダールの映画『女と男のいる舗道』のパクリである。高校生のころ読んでいた総合雑誌に連載されていた匿名コラムの表題がたしかそんなで、それも脳裏にあった。今日ふとそのフレーズが浮かんできて、MacをSpotlight検索していたら、出てきた。1992年12月24日付けの原稿。いまは存在しないとある雑誌に書いたコラムだ。


 ブログネタが尽きたので、アーカイブを掘り出しはじめたというわけではない。なんかこの原稿を書いていたときと同じような感覚、既視感のようなものが昨日の午後に蘇ってきたのだ。季節は枯葉散る冬の舗道とは真逆の、うだるような猛暑日ではあったけれど。

 全文を掲示してみる。


  週刊文春麻生圭子さんが連載している「日本のプライヴァシィ」というコラムがなぜか好きである。たとえばレストランの後ろの席で深刻そうに向かい合っているアベックの方から、聞くともなしに耳に入ってくる会話……


 ♂「だからやばいって言ったろ」

 ♀「仕方ないのよ、終わっちゃったんだもん」


 そんな会話の断片をひそかにメモして、二人の間柄から関係の煮詰まり具合まで、ああでもないこうでもないと推測しては、1ページのコラムを仕立ててしまう。盗み聞きというと身も蓋もないが、なかなか想像力豊かな耳である。

 

 私も、かつてこんなことを思ったことがあった。雑踏の中を感度のよいカセットテープを片手に、ふらふらと歩いて、文字通り街の声を採集するのだ。街頭演説のカン高い声、大安売りを告げる呼び込みの声、新興宗教団体が奏でる音楽、子供の泣き声、老人のつぶやき……都会の街頭はさまざまな雑音の集合体である。かつて日本に来たばかりのラフカディオ・ハーンが感動した美しい響きとはもう出会えないかもしれないが、それはそれで、今の時代らしい音や言葉が拾えるはずだ。乱暴な男言葉の女子高生に少女幻想の崩壊を感じてもいいし、ペルシャ語とパンジャビ語とタイ語が交互に通りすぎる様子から、日本における外国人労働者の現状を考察してもいい。

 

 ただ私はその日、そんなふうに意識して街を歩いていたわけではないのだ。けれども、その女の声には、通りすがりの人を振り向かせるような切羽詰まった調子があった。

 

「逃げないでよ!」

 

 私は急いでいた。調べ物があって、本屋に行かなくてはならなかった。しかしその声のする方を振り向いた瞬間に、ただならぬ様子を見てとって足が止まった。女の声の先で、うつむいたまま背を向けている、ジーンズをはいた自由業っぽい中年の男の顔に見覚えがあった。知合いというわけではないが、かつてその人の著作をたくさん読んだことのある、フリーのジャーナリストによく似ていた。きっちりとした仕事をすることで知られる社会派のルポライター、ということにしておこう。むろん妻子があるはずだ。女は年の頃30代半ばで、服装からするとその男と同業と思えた。

 

「逃げないよ」

 

 男はそう呟いたように聴こえた。しかし、女から離れたがっている様子はありありだ。やがて背を丸めたまま男は、冬の夕暮れの雑踏の中に消えて行った。女は二歩、三歩追いかけたが、すぐに歩みを止めて男の背中をじっと見つめていた。その瞳に涙が溢れたかどうかは、私は知らない。

 

 よくある男と女の愁嘆場である。実りのない恋の清算の現場なのかもしれない。しかし所詮は通りすがりの目撃者の私には、それ以上知る術はないし、それ以上を詮索する権利もない。

 

 けれども、私はなぜかホッとした。尊敬すべきあの人にも、プライバシィがあるのだということ。それはもしかしたら世の倫理にもとることかもしれないけれど、押さえつけることのできない衝動をこの人も抱えていたのだと思うと、なぜか、心が安らいだ。

 

 逃げる男と追う女。二人の中年男女のプライバシィは、吹き散らされた枯葉のように、夕暮れの街頭に佇んでいた。


 遭遇したシーンは、ほんとうの話である。愁嘆場をみせてくれた著名ジャーナリストも、高齢にもかかわらずお元気で活動されている。ちなみに、麻生圭子さんも最近あまり名前を聞かないが、ご健在のご様子。文中の「カセットテープ」だけは、いま書くなら「ICレコーダー」だろうか。

 あれから四半世紀も経つけれど、舗道に悄然と、男と女が佇む風景はたぶん永遠に変わらない。

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